フィリピン共和国

 正式国名はフィリピン共和国(Republic of the Philippines)、略号はPH。漢字表記は比律賓、略号は比。北部のルソン島と南部のミンダナオ島を中心として7,109の島から成る群島国家。通貨はフィリピン・ペソ(Philippin Peso)。2002年8月7日の銀行レートで1万円が4,310ペソ。日常生活では1P≒2.5円で計算しています。
 国土の広さは30万平方キロメートル。人口は約7,400万人。国民の9割がキリスト教徒(主としてカトリック)です。

As for an official name of country, the Republic of the Philippines, code address be PH. The group of islands nation that consists of 7,109 islands centering around Luzon of north and Mindanao of south.
The currency be the Philippines pesos. It is 4,310 pesos 10,000 yen with the bank rate on August 7, 2002. I am calculating 1 peso as about 2.5 yen usually.
The width of the country be 300,000 square kilometers. Population be about seventy-four million people. 90% of the nations are a Christian (mainly Catholicism).

 1521年3月16日に史上初めて地球一周を成し遂げたとされるフェルディナンド・マゼランがサマール島に上陸したのが欧米列強によるフィリピン支配のはじまりでした。スペインは1571年には総督に就任したミゲル・ロペス・デ・レガスピによるマニラ征服に伴う約380年にわたり続くフィリピンの完全な植民地統治がスタートしました。
 その後アメリカ・スペイン戦争の結果1898年12月10日にパリで行われた米西講和条約によりアメリカがスペインに代わり統治権を握りました。それから第2次世界大戦終戦後の1946年7月4日の独立までの間途中の1942年から45年にかけて日本が占領していた時期を除きアメリカ支配が続きました。

On March 16, 1521. Ferdinand Magellan that is assumed that I accomplished earth one round for the first time on history landed on the Samar island. This was the beginning of the Philippines control by Western world Powers.

関連書籍

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フィリピンに来るにあたって地元の本屋さんを何軒か捜し歩いてあった唯一のフィリピン観光本。アメリカ留学の際にこういう本が一冊あると便利だなと思い、買い求めましたが、やはり便利ですね。[10-24-02]
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ガイドブックの代表格、地球の歩き方のフィリピン版です。
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各地区毎のゴーゴーバー等の体験記を集めた物。漁華があるなどデータ的に若干古くなってしまっているところもあるがまだまだ現役でいけると思う。ただ、40ペソが120円というのも40ペソが80円の今となってはちょっと換算の必要があるかな。リトル東京の居酒屋で飲み、日本人向けカラオケパブへ行って遊ぶという感覚から一歩踏み込んだ内容。それでも歩き方というよりは軽い読み物としての体験記として読むべきかなと思う。それにしても登場する女の子の名前にドキッとすることが何度かあったのはご愛嬌かな〜。[09-25-05]
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ルソン島

 群島国家フィリピンのその北の中心的な島がルソン島です。

Luzon is the central island of the north of the group of islands nation Philippines.

 首都圏近郊のカビテ、ラグナ、バタンガス、リサール、ケソンの5州を総称してカラバルソン地域といいます。1989年に米国主導の対比多国間援助構想において開発モデル地域に指定され、カラバルソン地域開発計画として当時のアキノ大統領が1990年10月19日にスタートし、日本のODAを中心にインフラ整備が進められ日本の大手商社などが工業団地を開発、現在は多くの日系企業の進出拠点となっています。

バギオ

 マニラから北へ約250キロ、車で6時間から7時間、ただ山とだけ称されることもある標高約1400メートルの高原都市がバギオ(Baguio)です。3月から5月にかけての夏季には政府機関の多くが移されるため、夏の首都とも称されています。

 市内を車で走ってみると目に付くのは学校とそしてフィリピンのどこでもよくみかける数々の教会です。バギオは5つの大学が集まる学園都市でもあるとのことです。
 また、イチゴやキャベツといった高原野菜の産地としても有名とのことです。…しかし、畑とかはあまり見た印象がありません。

バーンハム公園
入場無料、駐車場は25ペソ、舟遊びは30分で85ペソ。
バギオの中心に広がるのがバーンハム公園(Burnham Park)です。中には舟遊びを楽しむことが出来る人工池が広がっています。
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バギオ大聖堂
バギオ大聖堂(Baguio Cathedral)はちょっとした高台にあるバギオのランドマークタワー的存在。現在の建物は1990年の震災の後に修繕されたものとのことです。
植物園
入場無料。
市内からライト公園などへ向かう途中にあるのが植物園(Botanical Park)です。入口の前にはイフガオ族の方がいて、写真撮影に応じてくれるとのこと。中には昔ながらの住居もあったりします。
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ライト公園
多くの馬がいて、乗馬を楽しめるスポットとして有名なのがライト公園(Wright Park)です。
ちなみにこの公園の近くにはマンションと呼ばれる建物があります。そこが夏、大統領が執務をする場所となります。
マインズ展望公園
入場無料。馬に乗っての記念撮影は10ペソ。
バギオ観光の最大の目玉ともいえるのがこのマインズ展望公園(Mines View Park)です。断崖から見渡せる景色は絶景と言えると思います。また木工品からお菓子にジャム、野菜や果物といったものを買えるお店が軒を連ねています。
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タガイタイ

 マニラの南方へ車で2時間半ほど行ったところにある標高700メートル程度の高地にあるタガイタイ(Tagaytay)はバギオと並んで第2の夏の首都と呼ばれる避暑地です。…標高700メートルというと諏訪地方より少し低いくらいですね。

 ラグナ湖は琵琶湖の1.37倍。平均水深は2.8メートル。

マニラ首都圏

 ルソン島のほぼ中心部、マニラ湾に面してあるマニラ首都圏(メトロ・マニラ)は12の市と5つの行政区で構成されている広大な区域で文字通りフィリピンの首都で政治及び経済の中心地です。

マラカニアン宮殿
マラカニアン宮殿(Malacanang Palace)はパシグ川畔の広大な区画に建つ真っ白な宮殿で1863年の大地震でそれまでイントラムロスにあったスペイン総督官邸が移されて以来歴代の最高権力者の住居となっています。最近ではエストラーダ大統領の追放劇の舞台ともなっています。
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リーサル公園
リーサル公園(Rizal Park)はマニラ市の中心に総面積58万平方メートルを誇る緑豊かな公園。
この公園には1912年に建てられた国民的英雄ホセ・リーサルを称えるリーサル記念像(Rizal Monument)があります。外国から要人が訪れると必ずここへ足を運ぶといわれています。
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マニラホテル
マニラホテル(Manila Hotel)は創業が1912年という老舗でフィリピンを代表する高級ホテル。
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マニラ湾
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イントラムロス

 イントラムロス(Intramuros)はスペイン語で壁の中の市を意味しその名の通り1571年に初代総督のレガスピが築いた城壁が残っています。それ以来1863年の大地震の際に総督府がマラカニアンに移されるまでスペインによるフィリピン統治の中心でした。

Intramuros means the city in a wall in Spanish. The castle wall that Legasp of a founder governor general built in 1571 as the name is remaining. It is until the government house is transferred to Malacanang Place on the occasion of the large earthquake in 1863 since it it was the center of the Philippines reign by Spain.

サンチャゴ要塞
開園時間は午前8時から午後6時、休日はなし。入場料は大人40ペソ。
サンチャゴ要塞(Fort Santiago)は1571年から150年近い歳月をかけてラグナ湖から流れ出すパシグ川の河口近くに建てられた石造りの要塞です。その後イギリスやアメリカが軍司令部をおいた他、旧日本軍の憲兵隊の本部も置かれていました。1945年に日米の戦闘によって破壊されましたが、その後改修が行われています。
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サンチャゴ要塞内にはフィリピンの英雄ホセ・リサールが処刑までの最後の2ヶ月を過ごした場所があり、現在リーサル記念館(Rizal Shrine)として公開されています。開園時間は午前8時から午後12時までと午後1時から午後7時まで。月曜日休み。入場料はサンチャゴ要塞の入場料に含まれています。
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マニラ大聖堂
マニラ大聖堂(Manila Cathedral)はマニラ・カトリック大司教の本拠とされている教会です。この地に教会が最初に作られたのは1581年。しかしその後度々破壊されその度に再建されてきました。現在の建物は1958年にバチカンなどの援助を得て再建された6代目のものとのことです。
ちなみに周辺にはカレッサと呼ばれる観光客相手の馬車がおり、気軽に話しかけて来ることがあります。
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サン・アグスチン教会
サン・アグスチン教会(San Agustin Church)は1587年に着工され1606年に完成された教会。外観は整備されてしまっていますが、イントラムロスの中で唯一建設当時の建物が残っています。フィリピンのバロック要塞の教会群として1993年に世界遺産に登録されています。
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中華街

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 イントラムロスからパシグ川にかかるジョネス橋(Jones Bridge)を渡るとすぐ中華街(Chinatown)の門をくぐります。昔の秋葉原を小さくしたような感じの電気街と貴金属に銀行、そして中華料理の店が立ちなんでいます。

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 ベアリング1つから買う事が出来るということで非常に便利な街ですが、治安があまりよくないという話もあります。

サンタ・クルズ教会(Santa Cruz Church)
フェア広場(Plaza Fair)を挟んで立っている教会。
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マカティ

 マカティ(Makati)はアジア3大財閥の1つと呼ばれるアヤラ(Ayala)一族が開発した地区で1990年代の半ばに相次いで建てられた高層ビル群もあるビジネスの中心地でショッピングモールやホテルが集まっています。
 ちなみにこの地には72の大使館と380の銀行の本支店があるとされています。

ペニンシュラ・マニラ
The Peninsula Manilaは全498室。
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コレヒドール島

 マニラ湾の入口に浮かぶ小さな島、それがコレヒドール島(Corregidor Is.)です。

マタブンカイ

マタブンカイ・ビーチ・リゾート

ショッピングモール

 フィリピンの特徴の1つとして巨大なショッピングモールがあります。赤道に近いということもあり気候が暑いこの地では休日はショッピングモールのなかで過ごすというスタイルが定着していると言われています。

 ショッピングセンターはいる人々がアジア人がほとんどということを除けばデンバーのショッピングモールを思い出させます。というよりもそれよりも大規模。少なくとも、Cherry Creakよりは間違いなくでかいと思います。

フェスティバル・スーパーモール
フェスティバル・スーパーモール(Festival SuperMall)はアヤラ・アラバン(Ayala Alabang)地区にある国内でも最大規模のショッピングモール。中には映画館やビリヤード場をはじめボーリング場もあります。
アラバン・タウンセンター
アラバン・タウンセンター(Alabang Town Center)はその名の通りアラバンにあるショッピングモールで400を超えるショップと映画館やTHE Spaなどがあります。
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メガモール
メガモール(Mega Mall)はその名の通り国内最大規模のショッピングモールでその全長は1キロにも及びます。中には映画館やボーリング場に加えアイススケート場まであります。
グロリエッタ
グロリエッタ(Glorietta)はマカティ(Makati)の中心アヤラ・センター(Ayala Center)にの中核的ショッピングモールです。隣にあるランドマークやSMとは簡単に行き来が出来ます。
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グリーンヒルズ
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 ゴコンウェイ財閥の不動産部門であるロビンソンズ・ランドは2002年10月現在全国4ヶ所で建設中のショッピングモールは来年度中にはすべて完成する方針とのこと。この4ヶ所というのは、ラグナ州のサンタロサ、東ミサミス州のカガヤンデオロ市、バタンガス州のリパ市、カビテ州のガスマリニャスになります。

 現在のモール開発の最大手はSMプライム・ホールディングス。それが中核を占めるSMグループは2002年10月16日に傘下の小売り事業を再編し翌年にもIPOを行うという計画を発表しました。現在シューマートが保有する小売り事業資産を新会社であるSMマートに移管。初期資本は5億ペソでグループの創業者である中国福建省出身のヘンリー・シー氏が会長に就任。不動産開発などの非小売り事業はシューマートが維持する。SMグループは現在14のショッピング・モールを保有。また今後5年間で10店の拡大を計画。

ゴルフ天国

 日本に比べてはるかに恵まれたゴルフ環境。この地に赴任してからゴルフを始めた人の多さからもそれはうかがい知ることができると思います。

 2002年12月13日にカビテ州カルモナ町にあるサウスウッド・ゴルフ・アンド・カントリークラブ(パー72)でアジア太平洋ジュニアマスターズの最終日のラウンドが行われ、日本代表の佐藤圭介君(16)が初日からの首位を守り、国際トーナメント初出場で初優勝を果たしました。
 この大会は毎年東南アジア地域大会として開催されていたものが今年から日本代表を交えてジュニアマスターズとなった物で12ヶ国・地域より53人が参加して4日間の総合ストローク数で競いました。

食事事情

 日本以上に安全な水を飲める国はそうはありません。というわけで、ここフィリピンでもそれは例外ではなく、原則として水道の水もそのままでは飲まないようにと言われています。飲む水は基本的にはミネラルウォーターなどになります。

 フィリピンでもおなじみのアルコール飲料といえばビールがあげられます。そして国内でもっとも飲まれているビールは国産の雄、サンミゲルです。
 2001年12月には日本のキリンビールがサンミゲルに出資。この出資はアロヨ政権下では最大規模とのこと。現在サンミゲルへのキリンビールの保有比率は16パーセント。で役員1人を含む3人が派遣されています。
 現在の経営者はエドアルド・コファンコ氏で株式の19パーセントを保有しています。またフィリピン政府も相当数を保有しているとのこと。
 SMグループが2002年9月13日に市場を通じサンミゲルの株式1億7500万株を96億3000万ペソで購入。これは市場価格に10パーセントのプレミアム。SMはサンミゲルの6.2パーセントを保有とのこと。

 フィリピンの主食は日本と同じでお米です。といっても、お米の種類は日本とは若干異なります。日本の種籾を持ってきて蒔いても1世代や2世代はいいけど、その後は徐々に変わっていってしまうそうです。

よくみかける食べ物

タホ
天秤棒を担いだおじさんが売りに来るのがタホ(Thong)です。絹ごし豆腐に黒蜜をかけたような物…というのかな。
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ブコ・ジュース
ココナッツ水とでもいうようなちょっと甘めの水がブコ・ジュース(Buko Juice)です。市販されているコップタイプの物は甘くて個人的には結構好みの味です。
しかしFresh Buko Juiceと呼ばれるBukoから直に飲むタイプは甘さよりも渋みの方がメインに感じます。ちなみに、その身の内側が所謂ナタデココになります。
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バロット
バロット(Bolut)は羽化直前のアヒルのゆで卵です。

日本食レストラン

 フィリピンには思ったより多くのそして美味しい日本食を食べさせてくれるお店があるのです。そんなお店を紹介したいと思います。

居酒屋 円楽
ENRAKU JAPANESE RESTRURANT
3/F, 828 Pasay Road Makati City
Tel.818-2029
営業時間は月曜日から金曜日までは午前11時30分より午後2時までと午後6じより午後11時まで。
一本槍
総合日本食のチェーン店。
焼肉 三田屋
Yakiniku SANTAYA
2F Colbella Arcade, 910 Arnaiz Avenuue(formerly Pasay Road), San Lorenzo Village, Makati City
Tel.893-2039
FUKUYA
PhFukuya - FUKUYA JAPANESE RESTAURANT

ファーストフード

 フィリピンにはファーストフードのお店がいっぱいです。

ジョリビー
国内最大のファーストフードチェーンがジョリビー(Jolibee)です。
ジョリビー・ッフーズの子会社で中華風ファーストフード店チェーンを展開するチャウキン・フーズは2002年10月現在フィリピン国内に214店舗、海外で8店舗を展開している。
マクドナルド
米国を中心に全世界に事業を展開しているマクドナルドはここフィリピンでも大いに浸透しています。
米マクドナルドのフランチャイズ権を持つマクジョージ・フード・インダストリーズと店舗建設などを行うゴールデン・アーチス・デベロップメント(GADC)が10月28日に合併を証券取引委員会に申請。米マクドナルドはこの新会社に約150万米ドルを出資し、40パーセントの株式を取得。現オーナのジョージ・ヤン氏が60パーセントを維持するとのこと。資本金の見積額は283万9000米ドル。2000年3月に成立した小売り自由化法に基づき外資参入規制が緩和されたことに基づくもの。
ケンタッキーフライドチキン
米国系のケンタッキーフライドチキン(KFC)もよく見かけることが出来ます。

その他食事処

DAMPA
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フィリピン事情

 どこにあるのかは知っていてもそれ以上はなかなか知らないフィリピンについて知っている事をざっくばらんに書いていこうと思います。

 ここに書いていないフィリピンに関するニュースはNews of Philippinesに書いてあるかもしれません。

 マニラ近郊のカビテ(Cavite)、ラグナ、バタンガス(Batangas)、リサール、ケソンの5州を総称してカラバルソン地域といいます。この地域は1989年に米国主導の対比多国間援助構想において開発モデル地域に指定され、当時のアキノ大統領が1990年10月19日にスタートしました。日本のODAを中心にインフラ整備が進められ日本の大手商社などが工業団地を開発し、多くの日系企業の進出拠点となっています。

 怒られるのがとても苦手な国民性。

 フィリピンにおいては11月1日のカトリック教会暦での諸聖人を記念する日である万聖節は国民の祝日になります。2002年10月18日にアロヨ大統領はその前後つまり10月31日と11月2日を特別休日にすると発表しました。この結果11月3日の日曜日も含めて4連休となります。翌日が休みになるのはよくあるとのことですが、前日が休みになるというのは異例とのこと。ちなみに2日は万霊節といい死者の霊を弔うとされています。

 国民の90パーセント以上がキリスト教徒と言われるアジア唯一のキリスト教国家フィリピン。そのフィリピンの人々の最大の関心事はクリスマスと言われています。
 本番である12月24日及び25日の直前には各会社毎に派手なクリスマスパーティーが開催され、その為に仕事がストップすることもしばしばとか。
 ちなみに、クリスマスパーティーをやらないというのは可能かと聞いたところ hindi と言われてしまいました。
 そして本番の12月24日と25日は会社はお休みとなり、家族と過ごすとのことです。特に12月25日は日本で言う旗日となっています。
 10月に入ったあたりから街にはイルミネーションが見られるようになります。そして12月に入るとそれはかなりの規模になっていきます。

通信事情

 町中でもURL付きの広告を時々見かけるという事でフィリピンでもインターネットはある程度普及しています。ただし1部の都市圏ではDSLサービスも開始しているということですが、接続の主流はまだダイアルアップ接続です。またインターネットカフェのような物も数はあまり多くありませんが、存在しています。

 携帯電話は日本のNTTの様な存在であるPLDT系のSMARTとアジア3大財閥の1つと言われるAyala系のGLOBEが2大会社で競い合って現在急速に広まっています。端末はほとんどがNOKIA製です。これの外の皮やキーボード、液晶などを交換したりするのがはやっていて、様々な種類のパーツがいたるところで売られています。ちなみに2002年10月の段階で携帯電話サービスを提供している会社は前者の2社の他にもう2社あり、計4社となっています。
 通信形式はGMS。SIMカードを差し込むだけで簡単に機種変更出来るというものです。
 支払方法の主流はプリペイドカード方式。9割以上が前払い方式ということです。100ペソから500ペソまでのスクラッチカードを購入しそこにある数字を打ち込むとその金額分の通話が出来るというもの。ただし有効期限は2ヶ月でそれ以降は無効になってしまいます。
 携帯電話はもちろん通話のための物ですが、今最も使用されているのはテックスと呼ばれる文字通話だったりするのです。…このあたりは日本とかなり似ていますね。ちょっと時間ができるとぷちぷち打っている姿をよく見かけます。

 SIMカードはSubscriber Identity Moduleの略で日本語では契約者IDモジュールといいます。電話番号・加入権情報などはこのICチップに入っています。
 GSM方式は日本を除くアジア、欧州、北米など全世界180ヶ国で採用されている携帯電話方式です。

 携帯電話最大手のスマート・コミュニケーションズは2GのGSM携帯でフィリピン全体の56パーセントにあたる約750万人の契約者を誇ります。
 SMARTに次ぐ携帯電話会社GLOBEは2002年9月末までに加入者が600万人を突破しました。
 …ほとんど2社の寡占状態ですね。

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 日本の携帯電話とだいぶ使い方の違うNOKIA製のHANDYPHONEの使い方をHow To "NOKIA HANDYPHONE" in Philippinesのページにまとめてみました。

 2002年10月の段階でプリペイドカードの年間売上高は約700億ペソといわれています。ただしこの数字は携帯電話向けの物だけではなくプリペイドカード全体の売り上げです。

 2002年10月30日に発表された情報によると携帯電話大手のGlobeの1月-9月期の売上高が332億ペソと前年同期比34パーセント増となり過去最高を記録。また携帯契約加入者数は7月から9月にかけて52万人増を記録し9月末現在で600万人を達成。前年の同じ月と比べて48パーセント増加。ただし、7月から9月の第3四半期は携帯電話会社のイスラ・コミュニケーション社の吸収合併に伴う資産処理で13億ペソの純益にとどまったとのこと。

 2002年の秋の段階でフィリピンでの携帯電話の普及率は約15パーセントとのこと。これは思ったよりも低い数字でびっくりしています。また1日でやりとりされているテックスの量は約1億5000万通とのこと。これは逆に多くてびっくりしています。ただ、通話よりもテックスが主流の使い方は見ていて実感しているので、ある意味なっとくです。

 日本の総合商社第7位のトーメンは平成15(2003)年2月17日に日本と海外の携帯電話同士での直接の文字メールのやりとりが行えるサービスを近々開始すると発表しました。第1弾のフィリピンでこのほど試験運用が開始。正式運用は提携相手のグローブ社との最終合意後となるが、順調なら3月中旬から実現の運び。フィリピンの後は香港、中国、韓国、米国、欧州との送受信もすすめる考え。東南アジアや欧州、米国の一部の携帯電話の規格はGSM方式に対して日本はPDC方式かCDMA。そのため、日本の携帯電話と海外の携帯電話のやりとりは難しく、インターネット経由で一部行われているだけというのが現状。1日あたり1億20000万から5000万のやりとりが行われるという世界一の文字メール大国フィリピンと約15万人(約5万人という説もあります)といわれる在日フィリピン人エンターテイナーとの間でのやりとりの市場は大きいとみている。フィリピンから日本への送信は1件10ペソ程度で受信は無料の見通し。グローブ社の加入者が利用出来る。一方日本側はトーメンへのサービス利用申込みが必要で基本月額2000円で受信と100件までの送信が可能。NTTドコモ、J-PHONE、auなどの全携帯電話会社で申し込めるとのこと。

 通信企業フィリピン国内最大手フィリピン長距離電話(PLDT)の傘下である携帯電話会社スマート社の3月末時点での契約加入者数は740万人とのこと。姉妹会社のトーク・アンド・テックス社は200万人で、両社の合計での市場占有率は57パーセントとなっているとのことです。

交通手段

ジプニー
フィリピンを代表する乗り物、それがジプニーです。乗り合いバスのような感じなのですが、ドアなどがなく吹きさらしになっています。
物の本には助手席に乗るのが支払いも楽だし風景が見えるので降りる場所も間違えにくいのでお薦めと書いている事がありますが、ボクは絶対にお薦めしません。何故なら、この位置にしっかりとドアがついているジプニーはほとんど皆無だからです。万一事故にあった際には何の支えもなく、車外へはじき出されてしまう可能性があるのです。
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トライシクル
ジプニーと並んでフィリピンでよく普及しているタイプの乗り物。オートバイにサイドカーを付けたもので、近距離タクシーの様な感覚で利用します。
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住宅環境

ゲート
在留邦人が多く住むビレッジの入り口にはゲートがあり24時間警備員が監視しています。
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遊園地

STAR CITY

 マニラ市エルミタ地区にあるクリスマスシーズンだけオープンするフィリピンのディズニーランド。

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Enchanted Kingdom

 South SuperhighwayのSta.Rosa Exitからすぐの場所にあるフィリピンのディズニーランド。それがEnchanted Kingdomです。
 乗り物乗り放題の入場料が500ペソとなっています。

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経済事情

 2002年8月末段階でのフィリピンの外貨準備高は161億4000万米ドルとのこと。
 2002年9月末段階でのフィリピンの外貨準備高は160億7000万米ドルとのこと。

 ユチェンコ財閥系列のRCBC(リサール商業銀行)は1960年にリサール州で設立。3年後には商業銀行のライセンスを取得。不動産や発電、自動車組立、食品製造などに子会社を通じて展開しています。預金及び融資残高で国内5位。2002年10月1日の段階でペソ建ての長期及び短期債権に対しS&PはシングルBの格付けを付与しています。

 日本及び米国でクレジットカードを使う場合VISAとMasterという2大国際ブランドはどちらもほぼ問題なく使用できますが、微妙にVISAの方が優勢かなという感じです。しかしここフィリピンでは圧倒的にMasterの方が優勢な感じがします。特にそれを感じるのが現金を引き出すことが出来るATMが圧倒的にMasterだからです。
 フィリピンにおいてマスターカード・インターナショナルのカード発行枚数は2001年末の段階で約180万枚、総請求額は6億7000万米ドルに達しています。これが2002年10月の段階の予想で2002年末には発行枚数が230万から240万枚、総請求額も8億米ドルを予想しています。また、提携行は12行に達っしています。

 フィリピンでは2002年10月現在1日に約33万バレルの石油を消費。輸入国のトップは約32パーセントのサウジアラビア、2位は約25パーセントのイラン。

オペラ・高山右近

 在日フィリピン大使館において日比合作オペラ・至福の王者・高山右近(THE BLESSED LOED - UKON TAKAYAMA)の発会式が行われました。この企画は日本移民100周年記念ということで東京オペラ協会とサントトマス大学の合同企画となっていて、その中心的な役割を石多エドワード先生が果たしています。発会式には羽田務元首相も訪れ来賓挨拶をしています。

 高山右近は戦国時代から安土桃山時代にかけての所謂キリシタン大名です。1552年生まれ。摂津の国高槻城主として織田信長に対抗していましたが、後に信長に従い、本能寺の変の後は豊臣秀吉に従い明石城主となります。1614年の徳川家康によるキリシタン国外追放令によりマニラに追放され、1615年に到着後わずか40日で没しています。
 現在、マニラ首都圏のパコ駅前に大きな高山右近の銅像が建てられています。

 2002年10月23日にフィリピンはマニラ市にあるUST(サントトマス大学)において日比合作オペラ『高山右近 - 平和の願いは海を超え、時を超え』のオーディションが行われ、細川ガラシャや明智光秀など14人の配役が決定しました。総監督の石多エドワード氏(55)と作曲者のマランバUST教授(66)が審査をしたこの日のオーディションの応募者はUSTやフィリピン大学の講師や学生など42人。しかし主役の高山右近役は結局この日は決まりませんでした。
 東京オペラ協会とサントトマス大学の合作で行われるこのオペラは計50人で構成。その内の歌手と演奏家40人は日本人及びフィリピン人のダブルキャストで行われるとのことです。
 今後の予定としてはまず日比友好月間である2003年2月下旬にマニラ市のフィルアムライフ劇場でオペラのアリア及び石多エドワード氏のリサイタルを行い、2003年6月26日及び27日に東京文化会館でオペラの初公演。その後日本国内の高山右近ゆかりの地を巡回した後、8月にフィリピンのマニラ市、ダバオ市、バギオ市でオペラ公演を行いたいとのことです。

 日比合作オペラ「高山右近 - 平和への道、剣か愛か」の制作発表が3月15日にマニラ市のサントトマス大学で開催。フィリピン人歌手21人が4局を拾う。高山右近生誕450周年とフィリピン移住100周年を記念しての東京オペラ教会とサントトマ ス大学の合同制作。当初は今年2月にフィリピン公演が予定されていたが財政難の為中止となり6月からの日本公演が先となった。歌手及び演奏家は合計40人でフィリピン人と日本人のダブルキャスト。東京文化会館の6月25日を皮切りに、高岡、金沢、高槻、京都、名護、宣野湾、豊橋、大阪の8都市を7月中旬までに巡演。その後8月25日からフィリピンでダバオ、マニラ、バギオの3都市で公演の予定。

 このオペラについては今後とも注目していこうと考えています。そこで、このページに載っていないこのオペラについての情報がありましたらぜひSalon de renya.comまでお寄せください。

物騒な事柄

 フィリピンには政情的にもまだまだ不安定な時と場所が残念ながら存在しています。

 2002年11月28日にマカティ市にあるオーストラリア大使館とカナダ大使館が脅威となる信頼できる情報があるとの理由で一時閉鎖。

 2002年12月6日午前1時55分頃にMakai CityのLittle Tokyoの一角にあるクラブ SMAP X SMAPの前で経営者の門間哲男氏(43)が自家用車に乗り込もうとしたところを後ろから男性に背中や頭などを拳銃で撃たれ、間も亡くなった。

 2002年12月11日に在フィリピン日本大使館は17日に予定していた天皇誕生日祝賀パーティーの当分の延期を発表。毎年のパーティーが延期になるのは初めてのこと。事実上の中止。日本大使公邸に約900人を招待する予定。天皇誕生日祝賀パーティーの延期を決めたのは東南アジア9公館を含む18の在外公館にのぼる。

 外務省の注意喚起は下記の4段階となっています。

  1. 退避を勧告します
  2. 渡航の延期をおすすめします
  3. 渡航の是非を検討してください
  4. 十分注意してください
 現在日本の旅行業協会では上位2つに当てはまる国や地域への団体旅行は取りやめていますが、下位2つに関しては情報を提供の上、海外旅行自己責任原則の元、実施しているとの事です。

2000年・マニラ首都圏

 2000年、マニラ首都圏ではミンダナオ情勢の悪化に伴い、無差別爆破事件が続発しました。5月の下旬にマンダルーヨン市のSMメガモールの3階の映画館で小型爆弾が爆発し男性1名が死亡、14人が重軽傷。12月末にはLRT(軽量高架鉄道)の列車やバス車内、マニラ国際空港など5ヶ所で連続爆破事件が発生。死者14人、負傷者88人に。

2002年10月

 2002年10月13日の午前0時過ぎ、インドネシアのバリ島の繁華街で爆弾テロが発生しました。181人が死亡、300人以上が怪我をするという大惨事に発展しました。
 この事件以降、フィリピンでもテロ事件が更に頻発する事になってしまいました。

 ミンダナオ島南西部のサンボアンガ市でも連続爆弾テロ事件が発生しています。

脅迫電話
10月17日午後11時過ぎにフランスとチェコの大使館が入居するビルに爆弾をしかけたとの脅迫電話があった。
手榴弾
10月18日に午前0時10分頃にはマカティ市のセントラルビジネス地区の近く、エドサ通りと合流するアヤラ通りの高架道路上で手榴弾1発が爆発。4人乗りのワゴン車が爆風で破損したが、けが人はなかった。もう1発は高架道路の下で不発で発見。
乗り合いバス爆破
10月18日午後10時過ぎ、首都圏ケソン市バリンタワックのエドサ通りにおいて走行中のゴールデンハイウェイ・トランジット社のバレンスエラ市へ向かう途中の乗合いバスの後部で爆発。3人が死亡、19人以上が重軽傷。

 2002年10月18日に在フィリピン日本大使館はテロ頻発で注意喚起。デパートやレストランにディスコなど不特定多数の人が集まる場所には近づかないようにと呼びかけている。

フィリピンへの渡航・連絡手段

 国際電話でのフィリピンの国番号は 63 になります。

 携帯電話からフィリピンへかけるには。
 NTT DoCoMoのWorld Call。平成14年5月23日以降に新規契約の人は申込みが富要。フィリピンへは1分間で平日の8時から19時までが180円、平日の19時から8時までと土日祝日が138円。通話料金は10秒毎の加算。ダイヤル方法は009130をダイヤルした後国際電話識別番号の010をダイヤルして国番号、エリアコードの最初の0をとったもの、相手先番号と続きます。申込書は0120-800-000へ問い合わせれば処理してもらえます。

名古屋空港からマニラ空港

 名古屋空港からはノースウェスト航空の71便が毎日マニラ空港まで運行しています。出発時間は午後7時35分、到着時間は午後10時40分となっています。

 名古屋空港ノースウェスト航空予約・案内番号は0120-120747です。
 名古屋空港においてノースウェストの離発着を確認できる番号として+81-(0)568-29-0765があるとのことです。

 茅野・諏訪・岡谷と名古屋空港の間で乗合いタクシーを運行しているアルピコタクシーの電話番号は0266-71-1758です。この番号は午前9時から午後5時までの受付で日曜及び祝日は休みとのことです。

フィリピン土産

ペニンシュラホテルのチョコレート
昔香港に行ったときにも買ったことがあるペニンシュラのチョコレート。これが入っている袋がいいんですよねっ。
マンゴー
フィリピンを代表する果物であるマンゴーはお土産としても最適…。とはいっても自分で持ち帰ることは残念ながら禁止されています。
ドライマンゴー

言語変換表

 基礎的な単語について変換表を置いておきます。

TagarogEnglshJapanese
タガログ語英語日本語
ikawyouanata
イカウユーあなた

SKY CABLE Channel Table

 これはフィリピン国内で最大のシェアを誇るCATV会社スカイ・ケーブルのチャンネル表です。

chNameLanguageRemarks
12GMAEnglish
20BBC WORLDEnglish
24AXNEnglish
27CNNEnglish
32STAR MOVIESEnglish
35ESPNEnglish
37cinemaxEnglish
40Discovery ChannleEnglish
41MTVEnglish
56WINSJapaneseWorld Interactive Network Systemの略。
67NHKJapanese

関連リンク

 現在renya.com Wiki Siteにおいてフィリピン関連リンクを作成中です。ぜひご参加ください。

Welcome to Globe Handyphone
アヤラ系の通信会社グローブの子会社で携帯電話国内シェア第2位を誇るGLOBEのウェブサイト。[10-11-02]
日刊まにら新聞 '02年10月24日(木)
フィリピンで読める日刊邦字新聞、日刊マニラ新聞のウェブサイト。本紙はフィリピンのニュースと日本のニュース、その両方を絶えず知っておくのに大変便利な新聞です。[10-24-02]
Everyday is a Festival at Festival Supermall
Alabangにある巨大ショッピングセンター、フェスティバルモールのウェブサイト。[11-03-02]
NNA: Global Communities
1995年(平成7年)8月1日に香港で設立された日本語の国際ニュースネットワーク会社。日本の本社は株式会社エヌ・エヌ・エー。[11-05-02]
The Embassy of Japan in the Philippines
通称Japan Embassy(ジャパン・エンバシー)、在フィリピン日本国大使館のウェブサイト。[01-15-03]
フィリピン・インサイド・ニュース
フィリピンに関する事柄を等身大で伝えようとするサイト。[05-01-03]

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